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那覇地方裁判所 平成元年(行ク)2号 決定

申立人

右代表者法務大臣

後藤正夫

右指定代理人

桑畑稔

外三名

被申立人

那覇市長

親泊康晴

右訴訟代理人弁護士

本永寛昭

右訴訟復代理人弁護士

金城睦

新里恵二

主文

一  被申立人が平成元年九月二八日付で申立外島田正博に対してなした別紙文書目録一記載の文書を公開するとの決定の効力は、同目録二記載の図書に関する部分につき、本案判決の確定に至るまでこれを停止する。

二  被申立人が平成元年九月二八日付で申立外那覇市職員労働組合に対してなした別紙文書目録一記載の文書を公開するとの決定の効力は、同目録二記載の図書に関する部分につき、本案判決の確定に至るまでこれを停止する。

三  申立人のその余の本件各申立てを却下する。

四  申立費用は、これを二分し、その一を申立人の負担とし、その余を被申立人の負担とする。

理由

第一当事者の主張

申立人の申立ての趣旨及び理由は、別紙申立人の執行停止申立書、同申立補充書(一)及び(二)に記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は、別紙被申立人の意見書(一)ないし(三)に記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一被申立人が本件各決定をするに至った経緯

本件記録によれば、(1) 申立人の機関である那覇防衛施設局長が、昭和六三年一二月六日、建築基準法一八条二項の規定に基づき、海上自衛隊ASWOC(対潜水艦戦作戦センター)庁舎(以下、「本件建物」という。)の建築工事に関する計画通知書を那覇市建築主事へ通知したこと、(2) 那覇市建築主事が、右建築計画につき建築基準法に適合している旨の判断を下し、平成元年一月九日、那覇防衛施設局長に対しその旨の通知をしたこと、(3) 被申立人が、同年九月二八日、申立外島田正博及び同那覇市職員労働組合に対し、那覇市情報公開条例(以下、「本件条例」という。)に基づき、申立人の前記通知に係る建築工事計画通知書及び同通知書添付の図書等別紙文書目録一記載の文書(以下、「本件文書」という。)全部を公開する旨の各決定(以下、「本件各決定」という。)をしたことなどが一応認められる。

二申立人の本案の理由の有無

1  本件文書が公開請求の対象となる文書か否かについて

(一) 申立人は、本件文書は、市政に関する情報に係るものではなく(本件条例一条参照)、また、実施機関たる被申立人の職員が職務上取得した文書ということもできず(本件条例二条一号参照)、さらに、実施機関としての被申立人の所管する事務に係る文書にも当たらないので(本件条例五条参照)、本件条例に基づき公開を請求することのできる公文書には該当しない旨主張する。

(二)(1) 本件記録によれば、本件条例には、一条に、本件条例制定の目的につき、「この条例は、市の保有する公文書の公開を求める権利を明らかにすることにより、日本国憲法の保障する基本的人権としての知る権利を保障するとともに、市政に関する情報を積極的に公開して、市政への市民参加を一層推進し、市政に対する市民の理解と信頼を深め、もって地方自治の本旨に即した公正かつ民主的な市政の発展に寄与することを目的とする。」旨の、二条一号に、公開を請求することのできる公文書の意義につき、「公文書とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)及び磁気テープその他これに類するものから出力又は採録されたものであって、実施機関が現に保有しているものをいう。」旨の、二条二号に、実施機関の意義につき、「市長、水道事業管理者、消防長、教育委員会、選挙管理委員会、農業委員会、公平委員会、固定資産評価審査委員会、監査委員及び議会をいう。」旨の、五条に、公文書の公開を請求することのできる権利者につき、「何人も、実施機関に対し、当該実施機関の所管する事務に係る公文書の公開を請求することができる。」旨の、各規定の存することが一応認められる。

そして、右認定事実によれば、本件文書が本件条例に基づく公開請求の対象となる公文書であるというためには、少なくとも、本件文書が、実施機関たる被申立人の職員が職務上取得した文書であること及び実施機関たる被申立人の所管する事務に係る公文書であることの二要件が充足されることを必要とするものと解される。なお、前認定のとおり、本件条例一条には、「市政に関する情報を公開する」旨の規定が存するが、右規定は概括的に本件条例制定の目的を示したものであって、これにより市政に関する情報であることを公開請求の対象となる公文書であるための要件としたものとは解されない。

(2) そこで、本件文書が実施機関たる被申立人の職員が職務上取得した文書であるか否か、及び、実施機関たる被申立人の所管する事務に係る公文書であるか否かについて検討する。

本件文書は、那覇市建築主事が、建築基準法に基づき、国の機関委任事務の執行を通じて取得した文書である(地方自治法一四八条、建築基準法一八条参照)。そして、那覇市建築主事は、機関委任事務の執行を行う際には、国の機関たる地位と那覇市の職員たる地位とを併せ有していること、及び、本件文書の保管事務は被申立人の固有事務に属するものと解されること(地方自治法一四九条八号参照)などに鑑みると、本件文書は、被申立人の職員が職務上取得した文書であり、かつ、被申立人の所管する事務に係る公文書に該当するものと解される。

(3) 以上によれば、本件文書は、本件条例に基づく情報公開請求の対象となる公文書であるものということができ、この点に関する申立人の前記主張は採用することができない。

2  本件文書を非公開とすることができるか否かについて

(一) 本件文書の非公開事由(本件条例六条一項四号オ)該当性

(1) 申立人は、本件文書が公開されると国の防衛行政上重大な支障を生ずることになるので、本件文書は本件条例六条一項四号オの非公開事由に該当する旨主張する。

(2) 本件記録によれば、本件条例には、六条一項柱書に、「実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書については、当該公文書を非公開とすることができる。」旨の規定がおかれ、同条一項一号ないし四号に公文書の非公開事由が列挙されているところ、右四号オには、「行政執行に関する情報であって、公開することにより、行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかな情報が記録されている公文書は非公開とすることができる。」旨の規定の存することが一応認められる。

(3) そこで、まず、本件条例六条一項四号オに所定の「行政」とは、当該文書を保有する実施機関がこれに直接関連して執行する行政(本件に即すれば、建築基準法関連行政)のみを指すものであるか、又は、それよりも広く当該文書に記録された情報が公開されることにより支障を生ずるそれ以外の国及び地方公共団体の行政をも含む行政一般を指すものであるかにつき検討する。

本件記録によれば、① 本件条例六条一項一号には非公開事由として、「法令により明らかに守秘義務が課されている情報が記録されている公文書は非公開とすることができる。」旨の規定が存すること、② 本件条例六条一項二号には非公開事由として、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものが記録されている公文書は非公開とすることができる。」旨の規定が存し、個人に関する情報について、公開による不利益を受ける場合につき、非公開とすることができる旨を定めていること、③ 本件条例六条一項三号には非公開事由として、「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体又は事業を営む個人(以下「法人等」という。)の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等に著しい不利益を与えることが明らかであるものが記録されている公文書は非公開とすることができる。」旨の規定が存し、国及び地方公共団体を除く法人その他の団体と事業を営む個人の当該事業に関する情報について、これらの者が公開による不利益を受ける場合につき、非公開とすることができる旨を定めていること、④ 本件条例六条一項四号には、前記同号オのほか、同号イに、「市の機関又は国等の機関が行う検査、監査等の計画及び実施細目、入札の予定価格、試験の問題、交渉の方針、争訟の方針等の事務又は事業に関する情報であって、当該事務又は事業の性質上公開することにより、当該事務又は事業の公正又は適正な執行を妨げるおそれのある行政執行に関する情報が記録されている公文書は非公開とすることができる。」旨の、同号エに、「行政上の義務に違反する行為の取締り又は犯罪の捜査に関する情報であって、公開することにより、個人の生命、身体、財産等の保護、犯罪の予防又は捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすと認められる行政執行に関する情報が記録されている公文書は非公開とすることができる。」旨の、各非公開事由に関する規定が存することなどが一応認められる。

ところで、右認定事実によれば、① 本件条例六条一項四号の柱書及び同号オは、同所に所定の「行政」という文言について、特にこれを限定的に解すべきものとするような制限を加えていないこと、② 本件条例六条一項四号柱書及び同号オに所定の「行政」を、当該文書を保有する実施機関がこれに直接関連して執行する行政に限定すべきものであるとすると、本件条例には、公開により国及び地方公共団体の行政一般の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかな情報が記録されている公文書に関する非公開事由の定めが存しない結果となること、③ 本件条例六条一項四号イ及びエは、実施機関が行う行政執行に関する情報のみならず、国等の機関が行う行政執行に関する情報についても、非公開とすることができる場合があるものと規定しており、本件条例六条一項四号は、実施機関が行う行政執行のみならず、国等の機関が行う行政執行をも、非公開とすべき事由の判断要素の一つに加えていること、④ 本件条例六条一項四号オは、同号アないしエを補充する包括的な規定であることなどが明らかであり、これらの諸点に照らすと、本件条例六条一項四号オに所定の「行政」とは、当該文書を保有する実施機関がこれに直接関連して執行する行政に限られず、それよりも広く当該文書に記載された情報が公開されることにより支障を生ずるそれ以外の国及び地方公共団体の行政をも含む行政一般を指すものであると解される。

(4) 次に、本件文書が、本件条例六条一項四号オに所定の「行政執行に関する情報であって、公開することにより、行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかな情報」が記録されている公文書であるか否かについて検討する。

本件記録によれば、① 航空自衛隊那覇基地内に建設される本件建物は、地下一階、地上二階で、延べ面積約三三〇〇平方メートルの構造物であり、地下階にはASWOCの指揮所及びこれに必要な電子機器等が設置される予定であること、② 本件建物内のASWOCは、固定翼対潜機P―3C(以下、「P―3C」という。)が収集した戦術情報や音響信号の解析や評価を通じ作戦計画作成のための資料を作成するなどして、P―3Cに対し、戦術支援や指揮管制を行う対潜戦のための中枢施設であること、③ P―3Cは、機動性を利用して広範囲の海域において潜水艦を捜索し攻撃するという機能を有しており、海上交通の安全確保(シーレーン防衛)上、不可欠のものであるところ、潜水艦の高性能化に伴って複雑化する対潜戦を迅速かつ的確に行うためには、極めて多くの情報処理を短時間かつ正確に行うことのできるASWOCの支援及び管制を必要とするため、ASWOCと一体的にシステム化されていること、④ 別紙文書目録一記載の文書のうち、図書番号3、4、7の1ないし3、8の1及び2、20、25、26、28、29、33、35の図書には、本件建物の壁の構造や厚さなどの構造強度に関する詳細な情報が含まれているため、これらの情報により、本件建物の耐爆撃強度、すなわち抗たん性の能力を推知しうること、⑤ 別紙文書目録一記載の文書のうち、図書番号5、9、14、17、23の図書には、本件建物内の施設及び機材などの配置に関する情報が含まれており、これらの情報が公開されると本件建物の警備上支障が生じること、⑥ ASWOCにおいては、コンピューターなどの電子機器が極めて重要な役割を果たしているところ、別紙文書目録一記載の文書のうち、図書番号18及び19の図書には、コンピューターの中央処理装置が設置される機械室につながる電気負荷容量等の情報が含まれており、これらの情報から消費電力と一定の相関関係にあるコンピューターその他の電子機器の処理能力、ひいては、本件建物にあるASWCOの規模や能力を推知しうること、⑦ 本件文書のうち、別紙文書目録二記載の図書を除くものには、公開されるとASWOCの機能を阻害することになる右④ないし⑥に記載のような特段の秘密情報は含まれていないことなどが一応認められる。

右認定事実によれば、本件建物内のASWOCは、我が国の防衛の用に供する重要な施設であるところ、本件文書のうち別紙文書目録二記載の図書は、ASWOCの機能の正常かつ効率的な運営を阻害する実質的な秘密情報を含むものということができる。したがって、右の図書に記載された情報が公開されると、申立人の国防行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかであるものと解される。

なお、本件記録によれば、申立人は、本件建物の建設に際して、本件建物に関する設計図等の資料を指名業者に交付していることが一応認められるが、他方、申立人は、本件建物の設計及び建設につき指名業者と契約を締結するに際し、指名業者に対し当該業務遂行上知りえた事項につき守秘義務を課したり、業務終了後は当該資料を回収し、その焼却をするなどして、これらの資料が関係者以外に流出しないようにするための措置を講じており、右資料が外部に漏洩した事実はないことなども一応認められる。

また、本件記録によれば、本件文書には、形式的な秘密指定がされていないことが一応認められるが、右事実をもって直ちに、別紙文書目録二記載の図書に記載された情報に実質的な秘密性がなく、これらが公開されても国防行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生じないものということはできない。

(5) 以上によれば、本件文書のうち、別紙文書目録二記載の図書については、本件条例六条一項四号オに所定の「行政執行に関する情報であって、公開することにより、行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかな情報」が記録されている公文書に該当し、その余のものは右公文書に該当しないものと解される。

(二) 裁量権の逸脱ないし濫用の有無

(1) 申立人は、本件文書を非公開としないとした被申立人の本件各決定には裁量権の逸脱ないしは濫用がある旨主張する。

(2) 前認定のとおり、本件条例六条一項は、当該公文書が非公開事由に該当する場合であっても、非公開とするか否かにつき実施機関が裁量権を有する旨規定している。しかし、実施機関に裁量権が存するとしても、それは純然たる自由裁量に委ねられるべきものではなく、実施機関がその適正な行使を誤った場合には、裁量権の逸脱ないしは濫用として処分の違法をもたらすことになるものと解される。そこで、被申立人のした本件各決定につき裁量権の逸脱ないし濫用があったか否かについて検討する。

本件記録によれば、前認定の本件条例制定の目的に関する一条の規定に加えて、本件条例には、三条一項に、「実施機関は、市民の知る権利が十分に保障されるよう、この条例を解釈し、運用しなければならない。」旨の、本件条例の解釈及び運用の指針に関する規定の存することが一応認められる。そして、右のような本件条例制定の目的や本件条例の解釈及び運用の指針に照らせば、実施機関は、非公開とするか否かの裁量権の行使に当たっては、市民の知る権利を十分に尊重しつつ、非公開とすべき実質的理由と公開する公益上の必要性とを比較衡量して、これを決すべきものと解される。

これを本件についてみるに、前認定説示のとおり、別紙文書目録二記載の図書が公開されると申立人の国防行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかであって、右図書を非公開とすべき極めて高度の実質的理由の存在が肯定されることに鑑みると、申立外島田正博及び同那覇市職員労働組合の右図書に記載された情報を知る権利の重要性や右図書を公開する公益上の必要性を十分に斟酌しても、本件各決定の取消しを求める本案訴訟において、別紙文書目録二記載の図書に関する部分につき、被申立人に裁量権の逸脱ないし濫用があるとして、申立人の請求が認容される余地がないものとはいえない。

3  結論

以上によれば、本件各決定の取消しを求める申立人の本案の理由の有無は、本件文書のうち、別紙文書目録二記載の図書に関する部分については、本案について理由がないとみえるものとは断定できないが、その余の部分については、理由がないということができる(なお、建築基準法九三条の二は、建築確認申請書に関する図書のうち、当該確認の申請に係る計画が建築物の敷地に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するものであることを表示している図書であって建設省令で定めるものを閲覧させる義務がある旨を規定しているが、これは、法令の規定に違反する建築物の建築を未然に防止するなど適正な建築基準法関連行政遂行目的との関連で、右目的に適合する一定の図書を閲覧させる義務の存在を明示するとともに、閲覧対象図書の範囲を限定したものにすぎず、情報公開条例により右範囲を超える図書の公開をすることまで禁止したものとは解されない。)。

三執行停止の必要性等

前認定説示のとおり、本件文書のうち別紙文書目録二記載の図書については、その公開により、我が国の防衛行政上著しい支障を生ずることが明らかであり、かつ、その執行が一旦なされれば、性質上本案訴訟による原状回復ができないから、その執行により申立人が金銭では償うことの不可能な回復困難な損害を被るものというべきである。したがって、その損害を避けるため、右図書に関する部分につき、本件各決定の効力を停止する緊急の必要性があるものといわなければならない。

そして、本件記録によるも、右図書に関する部分につき、本件各決定の効力を停止することが、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを認むべき疎明はない。

四結論

以上によれば、申立人の本件各申立ては、本件各決定のうち、別紙文書目録二記載の図書に関する部分についてその効力の停止を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官井上繁規 裁判官竹中邦夫 裁判官畑 一郎)

別紙〈省略〉

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